院長コラム

2025/07/31 旅行中にペットの体調が心配になった飼い主さまへ
No. 66

旅行中にペットの体調が心配になった飼い主さまへ

楽しいはずの旅行中に、大切なペットの体調が悪くなってしまい、このサイトをご覧になっている飼い主さまもいらっしゃることと思います。きっと今、とても心配で不安な気持ちでいらっしゃることでしょう。

当院は御殿場インター近くという立地から、旅行中のペットちゃんが体調を崩され、急遽受診されるケースが夏の時期に特に多くなります。そのような状況の飼い主さまに、少しでもお役に立てればと思い、このコラムを書かせていただきました。

初診での診察について

人の医療とは異なり、ペットは自分で「どこが痛いか」「いつから調子が悪いか」「普段どんな薬を飲んでいるか」を伝えることができません。そのため、飼い主さまがペットの「代弁者」として、これまでの経緯や現在の状況を詳しく教えていただくことが、適切な診断と治療への第一歩となります。

かかりつけの先生でない私たちにとって、飼い主さまからの情報は何よりも大切な手がかりです。どんな些細なことでも構いませんので、気になることがあれば遠慮なくお聞かせください。

来院前にご準備いただきたい情報

旅行中という慌ただしい状況の中ですが、可能でしたら以下の項目について事前に整理していただけると、より迅速で的確な診察ができます。メモに書いてお持ちいただいても結構です。

基本情報

•年齢(○歳○ヶ月、または推定年齢)
•避妊・去勢手術の有無
•かかりつけの動物病院名(地域も含めて)

治療歴について

•現在治療中の病気はありますか?
•治療中の場合、どのような病気の治療ですか?
•現在服用している薬やサプリメントはありますか? (薬の名前がわからなくても「心臓の薬」「肝臓の薬」「皮膚の薬」など、わかる範囲で結構です)
•お薬をお持ちでしたら、診察時にご持参ください

今回の症状について

•いつ頃から症状に気づきましたか?
•どのような症状ですか? (例:足を痛がる場合は前足か後足か、右か左か、判断できない場合はその旨もお伝えください)
•症状に気づいてから現在まで、悪化していますか?変わりませんか?改善傾向ですか?

旅行について

•日帰り旅行ですか?宿泊予定ですか?
•長期旅行の予定でしょうか?

安全な来院のために

ペットの体調が心配で、一刻も早く病院に連れて行きたいお気持ちは本当によくわかります。しかし、車中でペットを気にかけるあまり、運転に集中できず事故を起こしてしまうケースも実際に起こっています。

ペットが心配なのは、その場にいる皆さん全員に共通の思いです。だからこそ、みんなで役割分担をして冷静に対応することが大切です。

•運転する方:安全運転に集中
•ペットのケアをする方:体調の変化を観察・記録
•情報整理をする方:上記の項目をメモにまとめる

このように役割を分けることで、結果的にペットにとって最適な治療を受けることができます。

診療体制について

当院は獣医師1名で診療を行っており、時間帯によっては診察が立て込む場合がございます。緊急性が高く、より迅速な対応が必要と判断される場合には、ペットの安全を最優先に考え、設備の整った他の動物病院をご紹介させていただくこともございます。

最後に

旅行中という慣れない環境での体調不良は、ペットにとっても飼い主さまにとっても大きなストレスです。楽しい旅行が続けられるよう、一人で抱え込まず、早めの判断で診察を受けることをお勧めいたします。

人と動物が、安心して楽しい旅行の時間を過ごせるよう、心より願っております。


2025/07/31 獣医師向け ペットサルコペニア・フレイル研究会 2025 開催報告
No. 65

ペットサルコペニア・フレイル研究会 2025 開催報告

2025年7月20日(日)、愛媛県今治市にある岡山理科大学において、
「ペットサルコペニア・フレイル研究会 2025」を開催いたしました。

瀬戸内海を臨む美しいキャンパスに、全国各地から多くの獣医師、動物看護師、研究者、そして企業関係者の皆様にお集まりいただき、ペットの健康長寿に関する貴重な学びの場を共有することができました。

当日ご参加いただきました皆様に、心より厚く御礼申し上げます。

遠方からお越しいただいた先生方、熱心にご発表・ご討議いただいた演者の皆様、そして会場運営にご協力いただいた岡山理科大学獣医学部の関係者の皆様のおかげで、非常に有意義で充実した研究会となりました。

参加者の皆様からは「実践的な内容で明日からの診療に活かせる」「多角的な視点でペットの筋肉減少症について理解が深まった」「他施設との情報交換ができて貴重だった」など、多くの温かいお声をいただいております。

今回の研究会で共有された知見と熱意を基盤として、今後も参加者の皆様と継続的に情報を共有しながら、獣医療におけるサルコペニア・フレイルへの取り組みのさらなる発展に貢献できればと考えております。

高齢化が進むペット社会において、筋肉量減少と機能低下の予防・治療は喫緊の課題です。今回築かれたネットワークを活かし、一頭でも多くのペットの健康寿命延伸に向けて、共に歩んでいけることを心より願っております。

改めまして、ご参加いただいた皆様、ご支援いただいた関係者の皆様に、本当にありがとうございました。

皆様の熱意とご協力により、記憶に残る素晴らしい研究会となりましたことを、深く感謝申し上げます。今後とも、日本獣医サルコペニア・フレイル研究会の活動に変わらぬご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

 
日本獣医サルコペニア・フレイル研究会 事務局

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<プログラム>
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ペットサルコペニア・ フレイル研究会 2025
日時: 2025年7月20日(日) 14:00~ 場所: 岡山理科大学・獣医学部・学部棟6階会議室
 
第1部 発表会(時間は質疑応答含むです) 教育講演
 
1. 肝疾患における FGF23 を介した多臓器不全

  東京大学大学院・農学生命科学研究科・獣医薬理学研究室
堀 正敏 先生 30分
 
2. 尿由来細胞外微小胞を用いたバイオマーカー開発に向けた取り組み

岡山理科大学・獣医学部・獣医保健看護学科
木村 展之 先生 20分
 
研究発表(疫学・臨床)

1.サルコペニア・フレイルの予防・改善における飼い主啓蒙の必要性

しまなみ動物治療院
岩田 惠理 先生 15分

2.呼吸器フレイルに挑む:SGLT2 阻害薬投与でADL/QOLが改善した短頭種気道症候群の犬の6例

どいペットクリニック
土井 公明 先生 15分

3.難治性便秘に挑むデュアルアクション:IBAT 阻害薬による高齢・フレイル犬の ADL/QOL マネジメント

御殿場インター動物病院 
樋渡 敬介 先生 15分

4.脊椎・脊髄疾患に起因するフレイルに立ち向かう“リハと食”の挑戦

岡山理科大学・獣医学部・獣医学科
糸井 崇将 先生 15分
 
情報提供

1. サルコペニア・フレイルの予防・改善に関するデジタルヘルスのためのガイドライン2025

岡山理科大学・獣医学部・獣医学科
水野 理介 先生 20分


2025/01/30 令和7年 日本獣医師学会学術大会 糖尿病ネコにSGLT2阻害剤 発表しました 1月仙台
No. 64

糖尿病ネコにSGLT2阻害剤を単独適応した5症例の効果検討 
 
〇 樋渡敬介1), 土井公明2), 堀正敏3), 水野理介4)
1)御殿場インター動物病院, 2)どいペットクリニック, 3)東京大学大学院農学生命科学研究科獣医薬理学教室, 4) 岡山理科大獣医学部獣医学科獣医薬理学教室 
 
ネコの糖尿病(Diabetes Mellitus: DM)は、インスリン分泌不足や感受性低下により高血糖状態が持続する疾患である。従来の治療は、インスリン療法が中心である。しかしながら家庭での管理が困難な場合や頻繁な来院が求められることから、とくに高齢ネコの場合治療を断念するケースも報告されている。医療では、新規作用機序の経口糖尿病治療薬であるナトリウム/グルコース共輸送体2(Sodium/Glucose Cotransporter2: SGLT2)阻害剤が上市され、処方例が増加している。SGLT2阻害剤は、近位尿細管特異的にグルコースの再吸収を阻害して尿糖排泄量を増加させ、インスリン非依存性に血糖値を低下させる。獣医療でも2024年9月よりネコDMに適応されたSGLT2阻害剤が発売され、今後普及することが考えられる。今回我々は、ネコDMにSGLT2阻害剤ダパグリフロジンプロピレングリコール水和物(フォシーガ®:アストラゼネカ)を単独で適応し、その効果を検討したので報告する。症例は、2021年9月から2024年8月に来院したインスリン未治療のネコDM5頭(年齢:10 -15歳、性別:雄4頭・雌1頭・全て不妊手術済、体重:2.9-4.4kg)であり、フォシーガを6ヶ月以上投与(最長2年11ヶ月・継続治療中)したものを対象とした。結果:全例において、高血糖、多飲多尿、体重減少などの典型的なDM症状を呈していた。血糖値は、投与前( 388±50mg/dL)と比較して、全例投薬1ヶ月後(126±37mg/dL)・6ヶ月後(128±33mg/dL)において有意に低下した。体重は、全例投薬1ヶ月後・6ヶ月後において維持または微増が認められた。投与期間中、脱水や膀胱炎などの副作用は全例において認められなかった。また、本剤による治療法は、高齢飼主による罹患ネコの管理負担を大きく軽減した。現在4症例において継続治療中であり、1症例で投与後6ヶ月腎不全により永眠した。今回用いたSGLT2阻害剤は、飼主によるインスリン療法が困難なネコDM(合併症無し)に対して、比較的早期の段階から高い安全性と有効性を示した。また、ネコのみならず飼主の負担軽減に伴うQOL改善にも有効であると考えられた。一方、合併症により脱水や食欲が低下している症例に対しては、導入が困難であることも判明した。

ネコ 糖尿病 SGLT2阻害剤 ダパグリフロジンプロピレングリコール水和物 フォシーガ 獣医療 QOL Cat feline Diabetes SGLT2 inhibitor Dapagliflozin propylene glycol hydrate Forxiga Veterinary medicine QOL


2025/01/12 裾野から始まる未来の共生:ウーブン・シティにペットとのウェルビーイングな暮らしを From Susono to the World: A Vision of Well-being with Pets in Woven City - The sky's the limit!
No. 63

裾野から始まる未来の共生:ウーブン・シティにペットとのウェルビーイングな暮らしを The sky's the limit!

トヨタ自動車が静岡県裾野市に建設を進める近未来都市「ウーブン・シティ」。自動運転、AI、ロボティクスなどの最先端技術を集結し、人々の暮らしを革新する実験都市として、世界中から熱い視線が注がれています。しかし、2020年CESで発表されたその構想の中で、ペットとの関わりについて具体的な発表がなかったことは、ここ5年非常に気がかりでした。しかし本年、2025年CESにおいて豊田章男会長の発表で、ウーブン・シティにおけるペットとの共生に関する構想の一端も発表され、地域の獣医師として動物たちと向き合ってきた私にとって、大きな喜びと期待をもって、エキサイティングに受け止めました。

ウーブン・シティが掲げる「人間中心の街づくり」において、真の豊かさ、すなわちウェルビーイングとは「何か」を考えたとき、ペットとの共生は決して無視できない要素の一つであると考えています。ペットは私たちに癒しを与え、孤独感を和らげ、生活に喜びをもたらしてくれます。近年では、ペットがヒトの健康寿命の延伸に寄与する可能性を示す研究結果も数多く報告されています。アニマルセラピーの効果は広く認知され、ペットとの触れ合いがストレス軽減や血圧低下、さらには免疫力向上につながるとも言われています。

ウーブン・シティは、様々なモノやサービスがインターネットでつながるコネクティッドな環境を実現し、人々の生活をより便利で快適なものにすることを目指しています。その中で、車とヒト、そしてペットとヒトがシームレスにつながり、相互に作用することで、人々のウェルビーイングを飛躍的に向上させる、計り知れない潜在力を秘めています。今回の発表では、ペットとの共生を視野に入れた街づくりの方向性も示され、ウーブン・シティが目指す未来の姿が、より具体的に浮かび上がった印象を受けました。

私は日々の獣医療を通じて、ペットが単なる癒しの存在を超え、ヒトの健康寿命延伸に積極的に貢献する近い未来の姿を思い描きながら、診療を行なっています。例えば、現在普及しているようなデバイスによるヒトの健康管理だけではなく、日常を共にしているペットの行動を通じて、ヒトの健康状態への「気づき」が得られる未来です。例えば、一緒に暮らすペットの睡眠状態が飼い主であるヒトの健康指標と関連していたり、車でペットと一緒にドライブする際、ペットの行動の変化が、実は運転している飼い主の疲労を反映していたりするかもしれません。このように、ペットの存在が様々なものとのコラボレーションを通じて、今まで存在していない「温かみのある、ヒトへの健康状態の通知」を実現し、ヒトと共生するペットの存在の、新たな価値や大切さが再発見されるのではないかと考えています。

このようなヒトとペットの新しい関係性は、他の様々な分野と交わる「掛け算」によって、多くの可能性を秘めており、私自身、非常に期待を寄せています。まさに、The sky's the limit!です。

もちろん、これらのアイデアの実現には、解決すべき課題も多く存在します。例えば、ペットの個体差、動物倫理の問題、データプライバシーの保護など、慎重に検討すべき点は多岐にわたります。しかし、ウーブン・シティは、多様な分野と連携して、こうした課題を一つ一つ解決し、新たな価値を創造するために作られた実験都市であると、私は考えています。ここで生まれたイノベーションが、やがて世界中に広がり、ペットとヒトの共生のあり方を大きく変える、新たな「何か」を提示できる可能性を秘めています。

ウーブン・シティから始まる、ペットとヒトの新たな未来。そこでは、私たちが想像する以上の「何か」が発見できるかもしれません。そして、その根底にあるのは、ペットとヒトが共に健康で幸せに暮らせる社会、すなわち真のウェルビーイングを実現したいという、純粋な願いです。私は地域住民の一人として、ウーブン・シティの挑戦を見守り、いつの日か、この街から生まれた「何か」が、世界中の人々とペットの健康寿命を延ばすことに貢献できることを、心から願っています。

From Susono to the World: A Vision of Well-being with Pets in Woven City - The Sky's the Limit!

KEISUKE HIWATASHI, DVM, PhD

Toyota's ambitious Woven City project, a futuristic urban development underway in Susono City, Shizuoka Prefecture, has captured the world's attention. This living laboratory, a showcase for cutting-edge technologies like autonomous driving, AI, and robotics, promises to revolutionize how we live. As a local veterinarian deeply involved in the lives of animals, I was initially concerned that the initial plans, unveiled at CES 2020, made no specific mention of pets. But, finally, I was thrilled to hear Toyota Motor Corporation Chairman Akio Toyota recent announcement at CES 2025. Finally, pets will be a part of the Woven City. I received the news with great excitement and anticipation.

As Woven City strives to be a "human-centered" city, it's crucial to consider what truly constitutes human well-being. In my view, coexisting with pets is an indispensable part of that equation. Pets provide companionship, alleviate loneliness, and bring joy to our lives. Furthermore, a growing body of research suggests that pets can even contribute to extending human longevity. The therapeutic benefits of interacting with animals are well-documented, from reducing stress and lowering blood pressure to potentially boosting the immune system.
Woven City aims to create a connected environment where various objects and services are linked via the internet, making people's lives more convenient and comfortable. Imagine a world where cars, people, and pets are seamlessly connected, interacting in ways that dramatically enhance human well-being. The potential is immeasurable. This recent announcement, which hinted at urban planning that incorporates pets, has brought the future Woven City is striving for into sharper focus.

Through my daily veterinary practice, I envision a near future where pets go beyond being mere companions and actively contribute to extending human longevity. For example, today, we have devices that help monitor a person's health. In the future, the behavior of the pets we live with could provide "clues" regarding their owner's health. Perhaps a pet's sleep patterns could be linked to its owner's health indicators, or a change in a pet's behavior during a car ride could reflect the driver's fatigue. Thus, pets may bring a new warm way to keep us healthy, and we will rediscover the new value of pets.

The possibilities are endless when we imagine how this new relationship between humans and pets could be multiplied through interactions with other fields. This concept of exponential potential through combination is something Toyota Motor Corporation Chairman Akio Toyota himself often refers to as kakezan, a Japanese term for multiplication. In this case, it's the kakezan of pet-human relationships with technology that will unlock unprecedented possibilities in Woven City. I'm incredibly excited about the potential. Truly, the sky's the limit!
Of course, realizing these ideas presents challenges. Issues like individual pet differences, animal ethics, and data privacy require careful consideration. But Woven City was designed to be an experimental city, collaborating across diverse fields to tackle these challenges one by one and create new value. I believe that the innovations born here will eventually spread throughout the world, transforming how pets and humans coexist and presenting new value that no one has ever imagined.

A new future for humans and pets is dawning in Woven City. It's a future filled with discoveries beyond our wildest imaginations. And at its core is a simple, pure desire: to create a society where pets and humans can live together in health and happiness, achieving true well-being. As a member of this community, I eagerly anticipate the unfolding of Woven City's journey. I sincerely hope that one day, the innovations born here will contribute to extending the healthy lifespan of people and pets worldwide.

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2024/12/09 令和6年静岡県獣医師会症例発表会 会陰ヘルニアに便秘症薬 発表しました
No. 62

会陰ヘルニアによる慢性便秘症に対してエロビキシバットで長期管理できている高齢イヌの1例

〇 樋渡敬介1), 土井公明2), 堀正敏3), 水野理介4)
1) 御殿場インター動物病院, 2)どいペットクリニック, 3) 東京大学大学院農学生命科学研究科獣医薬理学教室, 4) 岡山理科大学獣医学部獣医学科獣医薬理学教室

会陰ヘルニア(perineal hernia: PH)は、骨盤隔膜筋の脆弱化により直腸が会陰部に脱出し、便の排出困難を伴う疾患である。PHは、未去勢の中高齢犬に多発するにもかかわらずその病態は未だ十分解明されておらず、再発も蓋然的であり完治が困難な症例も少なくない。治療は、外科的整復が第一選択とされているが、その整復後の病態や個体の管理に関する報告や内科的治療に関する情報は限られている。近年ヒトの慢性便秘症薬として上市されたエロビキシバットは、回腸末端部の上皮細胞に発現している胆汁酸の再吸収に関わるトランスポーターを阻害し、大腸内の胆汁酸を増加させることで水分分泌と大腸運動促進のデュアルアクションによって自然な排便を促す効果があるとされている。今回我々は、エロビキシバット(商品名:グーフィス)を、高齢イヌPHに適応し、長期管理できている症例を報告する。

【症例】12歳齢の未去勢・雄・柴犬(15kg)を、肛門周囲の腫脹、便意低下、排便困難、元気・食欲低下を主訴に診察した。身体検査にて左側会陰部の腫脹と直腸の変位を認め、PHと診断した。高齢犬であること、飼主が来院困難であること、犬の性格などを考慮し、内科的治療を選択した。

【治療と経過】当初、ラクツロース、食事療法、水分摂取増加を試みたが、症状の改善は限定的であった。そこで、便意と排便を改善する目的で、エロビキシバットの投与を開始した。エロビキシバット5mgを1日1回経口投与したところ、5-7日で便意と排便の明らかな改善が認められた。また、腹痛や排便困難の悪化などの副作用は認められなかった。その後、食欲改善に伴い便量が増え、排便時に滞る症状が再燃したため、投薬量を5mg1日2回に増量した。増量後、排便は改善し、元気・食欲も安定した。現在も1日2回投与を継続し、QOLを維持しながら安定した経過を呈している。

【考察】本症例は、外科的治療が困難な高齢イヌのPHに対し、エロビキシバットを適応することでQOLを維持できた症例である。エロビキシバットはイヌでは適応外使用となるが、慎重な投与量調整と経過観察により、高齢イヌPHに対しても安全に使用できる可能性が示唆された。今後エロビキシバットは、PHに対する新たな治療のみならず術後の管理の向上も期待でき、既存の内科的・外科的治療との併用も含めさらなる検討が必要であると考えられる。
【キーワード】イヌ、高齢、会陰ヘルニア、エロビキシバット、便秘、QOL

会陰ヘルニアによる便秘症に対してリナクロチドで管理可能となったチワワの1例

〇 土井公明1), 樋渡敬介2), 堀正敏3), 水野理介4)
1)どいペットクリニック, 2)御殿場インター動物病院, 3) 東京大学大学院農学生命科学研究科獣医薬理学教室, 4) 岡山理科大学獣医学部獣医学科獣医薬理学教室

【はじめに】グアニル酸シクラーゼC受容体アゴニストであるリナクロチド(リンゼス®)は2017年に上市された便秘症治療薬で、腸粘膜上皮細胞の受容体刺激を介してcGMPを増加させ、クロライドチャネルを活性化し、腸管内へ水分分泌を促進することで便秘を改善する。電解質異常や併用禁忌薬がなくリナクロチドの主な副作用は下痢のみとされている。小動物臨床において慢性便秘症は、安定した排便の維持に難渋することが散見される。今回会陰ヘルニア(perineal hernia: PH)で排便障害を発症したチワワにリナクロチドを使用し排便管理が良好に維持できた症例を得たので報告する。
【症例】チワワ、未去勢雄、治療開始時の体重1.9kg
【治療及び経過】8歳時の健診にて肛門右側に膨隆を認めPHと診断した。排便障害が軽度であること、僧房弁粘液腫様変性の既往歴、身体的虚弱、飼い主の希望などを考慮し去勢手術のみを実施し経過を観察した。12歳時にPHによる排便困難を発症。浸透圧性下剤である60%ラクチロース・シロップ(0.3g/head BID,po)の処方を開始した。半年間排便はできるが食欲不振および体重減少(1.32kg)が続いた後、排便が安定化し体重増加を認めた。しかし、13歳時に排便困難および排便痛が増悪したため、新規便秘症治療薬であるリナクロチド(35μg/kg SID,po)を追加処方しラクチロースとの併用投薬を開始した。併用治療2ヶ月後排便が安定し食欲回復と体重増加が認められ、5ヶ月後排便痛が緩和し定期的排便(1-2回/週)が得られ体重も安定した。2年経過した15歳時では排便時の疼痛は残るものの指一本分の定期的な排便(1-2回/週)が維持されている。体重は、年間1.64-1.7kgの間で安定し被毛の量とツヤが回復した。飼い主の報告によると犬の活動性回復のみならずQOLの改善が確認できた。
【考察】PHは通常、外科的整復が必要とされる疾患である。本症例はPHの外科的整復は実施せず、内科的にリナクロチドを追加投薬した結果、便の軟化が得られ、排便障害の改善ならびにQOLの改善が得られた。消化管の上皮機能変容薬であるリナクロチドは、グアニル酸シクラーゼC受容体を活性化し、大腸内腔への水分分泌を促進する。今回の症例では、この作用により、便の軟化と腸管内容物の通過が容易になったと推測され、ヘルニア内の直腸に滞留していた便の排出が促進されたと考えられる。以上より、リナクロチドは、高齢や全身状態により外科的整復が困難なPHの症例あるいは飼い主が手術を希望しない症例に対する内科的治療の有用な選択肢であり、QOLの維持を期待できると考えられる。

【キーワード】
イヌ、高齢、会陰ヘルニア、リナクロチド、便秘、QOL


2024/12/09 令和6年静岡県獣医師会症例発表会 短頭種気道症候群にSGLT2阻害薬 共同発表しました 
No. 61

短頭種気道症候群にSGLT2阻害薬を使用した犬6頭の効果検討

〇 土井公明1), 樋渡敬介2), 堀正敏3), 水野理介4)
1)どいペットクリニック, 2)御殿場インター動物病院, 3) 東京大学大学院農学生命科学研究科獣医薬理学教室, 4) 岡山理科大学獣医学部獣医学科獣医薬理学教室

短頭種は、遺伝形態、生活環境、不妊手術などに関連した肥満によって慢性呼吸不全(形態的および神経的)を発症しやすく、その長期の睡眠負債・障害によって、フレイルに陥る可能性が示唆されている。短頭種気道症候群(Brachycephalic Airway Syndrome、以下 BAS )の治療は、原因となる上気道閉塞を解除する外科療法が基本であり、高齢個体では手術侵襲の影響や術後のQOL管理が特に重要視されている。一方内科的治療は、体重の減量が有効な手段の一つである。今回、短頭種肥満犬で呼吸障害を伴う症例にナトリウム・グルコース共輸送担体2阻害薬(以下SGLT2i)を処方した6例の効果検討を行った。著効例では1-2日後には呼吸障害や睡眠障害の改善傾向を示し、多くの症例で長期的な体重減少効果が得られた。SGLT2iの持つ適度な利尿と抗炎症作用は、BASに対して短期的には咽喉頭浮腫炎症の軽減による呼吸改善効果、長期的には体重管理を含めた舌根の肥厚予防が期待でき、時に致死的にもなるBASに対して内科的管理を可能とする薬剤と考えられる。


2024/08/28 日本学術会議公開シンポジウム発表内容に関するご意見ありがとうございました
No. 59

8月8日(木)岡山大学津島キャンパス
共育共創コモンズ(OUX)で開催された

日本学術会議公開シンポジウム
「ワンヘルス ~未来を創る世代とともに考える~」

水野理介教授 (岡山理科大学獣医学部)が発表
「人生100年時代、ペットの寿命も延びるのか」の演題で紹介した
当院で行っている、ペットのサルコペニア・フレイルへの治療の件で
多くの方々から貴重なご意見・ご感想を賜り、誠にありがとうございました。

皆様からの温かい励ましや建設的なご指摘は、今後の研究活動における大きな支えとなります。
頂戴したご意見・ご感想を参考に、研究内容の一層の充実を図り、より良い成果を目指して邁進していく所存です。
今後とも、変わらぬご指導ご鞭撻を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

御殿場インター動物病院
樋渡敬介

日本学術会議公開シンポジウム
https://www.okayama-u.ac.jp/tp/event/event_id3432.html

「ワンヘルス ~未来を創る世代とともに考える~」
https://www.okayama-u.ac.jp/up_load_files/event/20240808_flyer.pdf


2023/12/03 令和5年 日本獣医師学会学術大会 高齢犬睡眠障害 発表しました 12月神戸
No. 56

高齢イヌの睡眠障害に対するオレキシン受容体拮抗薬の有効性:159症例をまとめて

○樋渡敬介1)、土井公明2)、堀 正敏3)、水野理介4)
1) 御殿場インター動物病院、2) どいペットクリニック、3) 東京大学大学院農学生命科学研究科獣医薬理学教室、 4) 岡山理科大獣医学部獣医学科獣医薬理学教室

近年、ペットの高齢化に伴い複合的な疾患や認知機能不全 症候群の一つとして、飼主にも精神的負担の強いる夜間の睡 眠障害が問題となっている。現在その治療には、主にGABA 受容体作動薬やバルビツレートが処方されることが多いが、 薬物の効果が翌朝まで残ることで生じる、覚醒後のつまづき や転倒などの有害事象のリスクも高い。 医療では、睡眠導入薬としてオレキシン受容体阻害薬であ るスボレキサント(ベルソムラMSD)が上市され、従来の 睡眠薬の持つ有害事象の少ない新しい治療薬として処方例が 増加している。しかし、獣医療における本剤のその効果や安 全性が明確でなく、積極的な導入が進んでいないのが現状である。今回、我々は睡眠障害を呈する高齢イヌに、ベルソム ラを投与し、その効果と安全性を調査したので報告する。
症例は 2 つの動物病院施設で実施した(2016年 8 月から2023年9月)、11歳以上(11-19歳:平均14歳)、雄99頭(去勢37頭) 雌60頭(避妊27頭)の非薬物療法が困難と判断された159症例である。各症例にベルソムラ(0.6-5.8mg/kg)を就寝前 1 日 1 または 2 回、 3 日以上投与した。適応した睡眠障害の症 例は、夜鳴きによる単独の症状のみならず、心不全・腎不全・ 糖尿病なども含む。有効性は来院時に、診察と飼主からの投 与前後の聴取により、症状改善度を著明改善(睡眠障害解消)、 改善(睡眠障害一部解消)、不変および悪化の 4 段階で評価 し た。 結 果、 著 明 改 善108例(68%)、 改 善45例(28%)、 不 変 6 例(4%)、そして悪化 0 例(0%)であり、著明改善と 改善を合わせると改善率は96%(153/159)であった。不変 の症例は、すべて重度の認知機能不全症候群であった。また 有害事象は 1 例で、内服30分後興奮状態となったがその後入 眠し、重篤な副作用は認められなかった。今回の調査により、 ベルソムラは高齢イヌの睡眠障害に対して高い有効性を示 し、飼主の精神的負担軽減に伴うQOL改善にも有効である と考えられた。

orexin suvorexant belsomra dog canine population ageing (aging) sarcopenia and frailty dementia sleep senior dog Glymphatic system Human-Animal Bonds


2023/02/24 獣医師向け SGLT2阻害薬勉強会 岡山 参加ありがとうございました
No. 53

2月23日 岡山で開催された

SGLT2阻害薬の多様性~動物臨床への適用~
< 脊椎動物進化における塩と糖の功罪 >
< 犬肥満症への適応 >

勉強会に参加していただいた先生
お忙しい中ご参加ありがとうごいざました

また当日は、活発なご意見・ご質問ありがとうございました

水野先生・樋渡の講演内容についてのご質問ありましたら
メールにてお問い合わせください

次回
ネット勉強会は5月
   実施開催は10月 を予定しております


2023/02/02 獣医総合情報誌 mVm 2023年1月号 ペット超高齢化について
No. 52

獣医総合情報誌 mVm 2023年1月号で特集された
犬猫における筋疾患の現状と課題のなかで
https://www.pharm-p.com/mvm/mvm_no208.html

緒言として、ペット超高齢化について執筆させていただきました。 その内容の件で、様々な分野の方々、または動物病院先生方から 大変貴重なご意見をいただいており、今後のペット超高齢サルコペニア・フレイル医療に役立てたいと考えております。

ご連絡いただいた皆様、ありがとうございました。

また、動物医療以外の方からも、ペットの超高齢に関わるご相談や、お話をさせていただくご依頼をいただいております。  多様な角度からの一つとして、ペットの超高齢サルコペニア・フレイル医療が、ヒト医療や社会の役に立てればと思っております。


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